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David Zambon Interview 2018

既存のテューバの概念を超越したアプローチで知られる、ムードン県立地方音楽院の院長ダヴィッド・ザンボン。今までの経歴や現在の活動について、インタビューしました。
取材:ビュッフェ・クランポン・ジャパン(2018年7月11日・東京にて)

「君のテューバはおしまいだね」の一言が、プロを目指すきっかけ

  まず、テューバを始めたきっかけを教えてください。
ザンボン 私の父はニース管弦楽団チューバ奏者で、ニース国立地方音楽院の教授もしていました。父の姿を見て育ち、同じようにテューバを吹きたいという気持ちが強かったためです。

  何歳からテューバを始めたのですか。
ザンボン 実は最初、父は私がテューバを習うことに反対していました。父親と教師の2つの役割を同時に果たすのは難しいからです。しかし、私が13歳で身体も父より大きくなり、粘り強くテューバへの気持ちを主張していると、折れてくれました。それまではコンセルヴァトワールでピアノや声楽を学んでいたのですが、ようやくテューバを始めることができ、20歳でパリ高等音楽院に入学するまで父に教わっていました。

  子供の頃からプロになりたかったのですか。
ザンボン いいえ。全然!勉強も好きだったので、大学では数学を専攻し、演奏家になることは全く考えていませんでした。
ところが、18歳の時に事故に遭い、顔に大きな怪我を負いました。片目の位置が下がり、唇も損傷し、歯もガタガタ。そのため、それまでのようにはテューバを吹こうとしても、全く音が出てこない。父には「もう君のテューバはおしまいだね」と言われ、大きな衝撃を受けました。この現実に直面した時、自分にとってテューバがどれほど大切だったかを思い知らされました。そこで、本気で取り組むことになたのです。これがプロを目指すきっかけとなりました。

  大変な経験をされたのですね。事故後の状態を、どのように乗り越えられたのでしょうか。
ザンボン 今までの方法では演奏できなくなってしまったので、自分の身体の構造を知り、物理的にどうやって音を出すかを分析し、方法を模索しました。その経験が教職を選ぶきっかけになったのかも知れません。

  その時期に、ボルドー国立地方音楽院にも入学されていますね。
ザンボン 伝統に捕らわれない型破りな教授として名高いメルヴィン・カルバートソン先生に師事するためです。実際、先生はコーチングのスペシャリストで、常に「なぜ?」「どのように?」と問いかけてくれ、私を大きく成長させてくれました。事故後にまともに演奏できなくなった自分を導き、先生のクラスに入った1年後、「1年でこれだけ上達した生徒は君が初めてだ!」と言ってくれたのが、大きな自信につながりました。

レパートリーを広げるための猛練習が、ソリストへの道に

  その後パリ高等音楽院に入学されていますが、どのようなことを学ばれましたか?
ザンボン パリ高等音楽院ではフェルナン・ルロン先生に学びました。フランスの伝統的な教授で、音の出し方、アーティキュレーション、反復練習の習慣などを学びました。ボルドーのメルヴィン・カルバートソン先生からは、先進的で未来に向かう道を、フェルナン・ルロン先生からは、伝統や蓄積されたノウハウを学び、バランスの良い教育を受けることができたと思います。

  テューバと同時に、即興をアラン・サヴレ氏に習われたそうですね。
ザンボン 即興といってもジャズの即興とは違います。Improvisation générative(=生成的な即興)という授業でした。授業では、楽譜なしで演奏するのですが、例えばテンポ無し、小節無しなど、実験的なことを行い、研究の一種のようなものでした。7年もコンセルヴァトワールに在籍したので、とにかく様々なことを学びたいと考えていました。

  教育学の第3課程に進み、テューバ以外の楽器のクラスに入られた理由は?
ザンボン パリ高等音楽院で第3課程に進む人は少なく、私は第3課程に進んだ初めてのテューバ奏者でした。そこで、ヴァイオリンのジャン・ムイエール先生、バソンのジルベール・オダン先生に師事しました。テューバは19世紀より存在する楽器ですが、ソロピースは比較的新しい曲しか存在しません。バロック、クラシック、ロマン派、後期ロマン派といったレパートリーがないのです。バッハの組曲、パガニーニのカプリスなど、幅広い曲を演奏したかったので、テューバ以外の楽器のクラスに入り、レパートリーの幅を広げました。

  在学中はどのようなキャリアを思い描いていましたか。
ザンボン コンセルヴァトワールに入った当初はオーケストラ奏者になりたいと思っていました。テューバ奏者にとって、知名度をあげるということとは、オーケストラ奏者になることを意味します。父もオーケストラ奏者で、私も10代からアルバイトでオーケストラを経験していたため、仕事については既に理解していました。しかし、在学中からソリストを意識するようになりました。

  目標が変わったのですね。
ザンボン 入学した当時は事故のせいで唇も弱くなっていましたし、他の楽器のレパートリーを習得するためにも、1日9時間の練習をしていました。例えばフルートの曲には音が多く、音域も広い。バイオリンの曲を演奏するには、バイオリン奏者が練習するのと同じくらいの練習時間が必要です。この猛練習のおかげで演奏が上達し、卒業時にはソリストになりたいと思うまでに至りました。

  猛練習が、数々の国際コンクール入賞歴につながったのですね。
ザンボン コンクールで入賞すれば、CDをリリースすることができ、知名度が上がり、コンサートやツアーに招聘されるようになります。それが、演奏家としての最良の学校となりました。舞台で場数を踏む、ということは、演奏家になるために不可欠な経験です。コンクール入賞後、私は年間60~70の公演を行うようになりました。これはテューバでは珍しいことだと思います。

挑戦しなくなった時、それはテューバをやめる時

  最近はどのような演奏活動をされていますか。
ザンボン 金管から遠ざかり、クラリネット、バイオリン、ピアノ、コントラバスなど、金管以外の優れた奏者と組むことが多くなりました。そのために、更に高い技術が必要になりました。例えば弦楽器と組むと、弦楽器に合った音量をコントロールをできなければいけません。他の奏者を尊重して共演するためには、テューバ奏者として最高でなければならない。このように考えていたため、更に腕を磨きました。全ては18歳の時の事故が原点です。

  今回一緒に来日したトリオ・イノーヴァについて教えてください。
ザンボン 2000年に結成したトリオです。パトリック・ジグマノスキーのピアノ、ジャン=マルク・ファビアーノのアコーディオンに、メロディーや音の厚みが加わるテューバで構成されています。結成以来、コンサートはいつも盛況で継続に至っています。昨年10月にパリでCDを収録し、発売は今年の年末あたりの予定のため、現在ワールド・ツアーを行っています。

  ザンボンさんにとって、テューバはどのような存在なのでしょうか。
ザンボン 私はフランスでも異色のテューバ奏者と言われています。私にとってテューバとは、音楽を生み出すための一つの手段に過ぎません。音楽とは、声であり、心であり、感情です。演奏で楽器を聞かせてはいけない。楽器はあくまで拡張器だと考えています。

  演奏家として、最も大切にしていることは何ですか。
ザンボン 常に新しいことに挑戦して、成長したいと考えています。挑戦しなくなった時、それはテューバをやめる時です。

ムードンとヴェルサイユは国際的な音楽院

  教育活動にも積極的に取り組まれ、音楽院の院長を務められていますね。

ザンボン 2006年にエピネー・シュル・セーヌ市立音楽院で、2010年からはムードン県立地方音楽院の院長を務めていますが、2006年まではイタリアのオーケストラに所属していたほか、モンプリエ(フランス)で教職についたり、イギリスをツアーで周ったりしていましたが、息子の誕生をきっかけに、家族のそばにいたいと思うようになりました。また、音楽院の院長になることへの興味がオファーを受けるに至りました。
この仕事のおかげで、マネージメント、大きなプロジェクトの実現、コンセルヴァトワールのウィンドオーケストラの指揮などを覚えました。

  現在ムードンとヴェルサイユの音楽院に勤められていますが、日本からの留学生は多いですか?それぞれ、どのような学校なのでしょうか?
ザンボン ムードンはどの楽器でも日本人学生が多いですが、ヴェルサイユは日本からの留学生は多くありません。とはいえ、ヴェルサイユも国際的な学校で、自分のクラスには、イタリアや韓国、コロンビアやキューバ、コスタリカなど様々な国籍の生徒が在籍しています。また、ムードンは県立、ヴェルサイユは地方で規模の違いもあります。両校とも美しい地域で、治安も良いですよ。

  教えているときに、重視していることは何ですか?
ザンボン 音の質です。もし美しい音が出ていなければ、98%は息の問題です。
音の質は耳で確認できるので、誰かに診断書を書いてもらい、原因を見つけ、直していくことが必要です。

上達のための3つのアドバイス

  テューバを学ぶ方に、練習のコツやアドバイスはありますか?
ザンボン そうですね。3つあります。
1つめは、自分の音をよく聞くと同時に、身体の動きをしっかり確認することです。音=息です。例えば、息を吸う量、吐く量は腹筋でコントロールされます。沢山出すのか、少なく出すのかをしっかり意識してコントロールすることが重要です。
2つめは、脳は自分で考えているよりも賢い、ということを理解しましょう。練習中は様々なことに注意を払う必要がありますが、演奏する際には細かいところは脳に任せたほうが上手く演奏できます。演奏するということは、歌うことです。
3つめは、暗譜できるようになったら、すぐに楽譜から離れることです。楽譜に縛られてはいけません。

使用しているテューバについて

  最後に、使用楽器について教えてください。
ザンボン メルトン・マイネル・ウェストンのC管 2165(ワーレン・デック・モデル)と、F管 46SLPのカスタム・モデルを使用しています。C管の2165は少なくとも15年前から愛用していますが、現在は製造されていません(注1)。F管は発売当初から使用しています。

  どちらも長く使われているのですね。
ザンボン ええ、とても気に入っています!C管の2165は、音色に深みや丸みがあり、倍音も豊かです。使われている金属量が多いため抵抗感が強く、楽に演奏できる楽器ではありませんが、私にとって最高のモデルです!
例えばオーケストラのテューバ奏者ならば、求められる役割はソリストではなく、オーケストラの音に色彩と豊かさを加えることが中心になるので、選ぶ楽器も違ってくるでしょう。私は今オーケストラでは演奏していないので、ソロや室内楽で自分の力を発揮しやすい楽器を使っています。

  F管はいかがですか。
ザンボン F管については、新しいモデルの2250が音色と飛びのバランスに優れた楽器なので、生徒たちに勧めています。私自身は息が強いので、より抵抗感を感じる46SLPカスタムを使っています。この楽器の音色や響きがとても気に入っています。

(注1)2165モデルは、現在2265にリニューアルされている。

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